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福岡高等裁判所 昭和39年(ネ)821号 判決 1966年12月23日

控訴人(申請人) 興国人絹パルプ株式会社

被控訴人(被申請人) 興国人絹パルプ労働組合八代支部

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は控訴人に対して別紙第一物件目録記載の建物を明け渡せ。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は別紙第一物件目録記載の家屋から退去して別紙第二物件目録記載の家屋に移転せよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の主張と立証は左記のほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決二枚目表三行「原告」とあるは「申請人」と訂正し、五枚目表五行、七枚目表一三ないし一五行の「ないし第二八」を削除する)。

一、控訴代理人は本件仮処分の必要性につき、次のとおり述べた。

(一)  昭和三九年一月一六日現在、被控訴人組合の構成人員は一一五名であるのに、新組合である興国人絹パルプ八代労働組合の構成人員は一一一二名となつているところ、当初控訴人は新組合事務所に社宅集会所を期間約一ケ月半の約定で貸与したのであつたが、被控訴人組合は、その構成員が控訴人会社八代工場の全労組員の一割以下になりながら、本件建物の明け渡しに応ぜず、ために控訴人会社は新組合を右集会所から移転させることができず、従来集会所を利用して来た社宅居住児童の校外教育機関である「仲良しクラブ」及び社宅婦人会から再三その善処方を要請され、とくに原判決が言渡された昭和三九年九月二二日以後、右「仲良しクラブ」と「婦人会」からはそれぞれの機関活動低下を理由に、従来のような場所を提供して欲しいという要請を受けているのである。控訴人会社としては、その経営状態からして、新たに建物を新築することはできない実情である。

(二)  一方控訴人会社から組合事務所として前記社宅集会所の提供をうけている新組合としては、その組合規模のうえからみて、右集会所は極めて狭隘であり、事務所内における組合委員会の開催もできず、これらを行うために控訴会社の会議室や体育館を転々としており、十分なる組合活動ができないので、控訴会社に対して適切な措置を求め、とくに原判決言渡後の昭和三九年九月二九日、控訴会社に対し文書により組合事務所貸与に関し団体交渉を行いたい旨申入れ、新組合の事務所問題は労使間に緊急に解決を要する事項となつた。しかし控訴会社としては場所的、経済的理由から事務所を新設する余裕はなく、被控訴人が現に使用中の本件建物の明渡を受けるほかは、この問題を解決する方法はない現状であり、若し右明渡が得られない以上、新組合との間に不測の事態の発生も考えられ、被控訴人から本件建物の明渡を求める必要は更にその緊急の度を増したものである。

(三)  更に控訴会社は前記社宅集会所の使用を新組合に許容した関係上、新組合の意思を組合員に伝達する必要からも控訴会社西門の通行を認めざるを得ず、新組合員に対しては自転車及び自動自転車を各職場まで乗入れることを承認した。その結果次の事態が発生している。

(1)  二硫化炭素を取扱う硫溶室においては、自動自転車のスパークによりガス爆発の危険性が増大し、会社は新たに仮自転車置場を設置する等の措置を講じたが、なお爆発の危険性は存在している。

(2)  会社は硫安室以外の職場に勤務する新組合員には構内に適当な敷地がないので、各職場に仮置場を指定している実情であるが、これらの自転車が通行の障碍となり、或いは迂廻し、或いはこれを移動する必要が生じ、作業能率が低下し、重大な損害をもたらしている。また西門の通行は、出退勤時には下請関係業者のトラツクが集中する関係上、新組合員とこれらトラツクとの間に交通事故発生の虞れもあり、控訴会社としては西門の保安要員を一名増加したものの従業員や下請業者の物品の搬出入に対して十分な管理ができず、警備上の支障がある。

(四)  以上のとおり控訴会社としては本件建物の明渡を求める緊急の必要性があるのに反して、被控訴人は控訴会社から組合事務所として使用すべき新事務所を提供せられ、同所において組合事務を行うのに何らの支障はないのであるから、被控訴人が使用貸借契約の解除された現在なおこれを使用するのは権利の濫用である。

二、(立証省略)

理由

一、原判決事実摘示の申請理由一の事実、昭和三七年六月一二日控訴会社八代工場の一部従業員によつて興国人絹パルプ八代労働組合(以下新組合という)が結成されたこと、及び控訴会社が本件建物を昭和三二年一二月以降昭和三七年六月一二日に到るまで興国人絹パルプ労働組合八代支部(以下従前の組合という)に貸与しており、前同月以降被控訴人組合(以下時に旧組合という)がこれを使用し、現に使用中であることは何れも当事者間に争いがない。そして弁論の全趣旨によつて、成立の認められる甲第二八号証の一、二、第二九号証の二、第三〇号証によれば、従前の組合は右建物を控訴会社から無償で借りうけてこれを使用していたものであり、その使用関係は一種の使用貸借であると認められる。尤も、成立に争いない甲第一五号証(乙第七号証も同じ)、乙第二二号証によれば、控訴会社と従前の組合との間に締結された労働協約第二〇条には、「会社は必要と認める範囲において事務室その他の施設を有償貸与する」とあり、被控訴組合は該規定を根拠として、右貸借関係は賃貸借である旨主張するのであるけれども、前掲証拠によれば、右有償貸与規定ができた由来は、昭和二四年の労働協約改正に際して「有償」である旨記載しておかないと対外的に控訴会社が組合に対して不当な便宜供与をなしている旨の誤解を与えるおそれがあるという理由で、とくに規定されたものがその後も承継されたものであり、実際にも両者間に賃料の協定等の如きは何らなされていなかつたことが認められるので、前記認定をなす妨げとなるものではない。

二、ところで控訴会社は、昭和三七年六月一二日従前の組合は分裂して前記興国人絹パルプ八代労働組合なる新組合が結成され、当日新組合は八代工場の全従業員の四分の三以上の人員を擁するようになつたので、かかる場合には労働組合の財産関係は新組合が当然に承け継ぎ、組合事務所である本件建物の使用権も亦新組合が承継し、旧組合たる被申請人組合は右分裂と共にその使用権を喪失した旨を主張するので、以下本件における右新組合の結成事実がいわゆる労働組合の分裂として評価さるべきものであるかどうかについて判断する。

成立に争いない甲第一号証の一、第一六号証の一、二、第一八ないし二一号証(但し一九号証は一ないし四)、乙第九、一〇、二二号証、弁論の全趣旨とこれによつて成立の認められる甲第四、第二九号証の一、第三一号証の一、二を総合すれば、次の事実が認められる。訴外興国人絹パルプ労働組合は、昭和三七年春期賃上斗争として、同年三月控訴会社に対して一律六、〇〇〇円の賃上げ、年間六ケ月分の一時金支給、最低賃金制の確立等を要求し、これに対する会社側の回答を不満として争議に入り、団体交渉をなす傍ら、同労組各支部は同月二八日以降控訴会社の各事業所において、二四時間スト、四八時間スト、部分スト、時限スト等の争議行為を繰り返し、同年五月一八日から無期限ストライキに突入するに至つたが、同年六月に到つてなお解決のきざしが見えないところから、組合員の中には同労組中央執行部の斗争指導方針を批判する勢力が急速に増大し、同月一〇日から一一日にかけて同労組、富山、本社、冨士の各支部が相ついで単一組織たる興人労働組合から脱退し、各単位労働組合を結成した。ところで、従前の組合たる八代支部においても、同年六月初頃から組合員のうちに支部執行部の斗争方針を批判し、職場集会等でストライキの解消、団体交渉の再開を提唱し、その前提として八代支部における平和交渉のための臨時大会の招集を要求する声がたかまつて来たのであるが、同支部の執行部はかかる運動に反対の方針を堅持して譲らなかつたため、臨時大会の開催を要求する組合員の一派は、同月六日頃から署名運動を展開し、同月八日に至つて支部組合員の過半数に達する六四七人(後に一四〇人追加)の署名があつたとして、同組合支部規定第三条により同執行部にその署名簿を提出し、同月一〇日に臨時大会を開催すべく迫つた。しかし執行部側は署名簿の不備や一〇日開催には時間的余裕がないことを理由に該要求に応じることを拒否したので、両者の折衝は物別れとなり、臨時大会の開催を要求する一派は、自らの要求が容れられない以上は支部組合の分裂もありうるとして、同月一一日八代市内桜ケ丘に集合して従前の組合からの分裂、新組合の結成を企画し、新組合規約、結成宣言の起草、執行部候補者の選定をするための世話人を選任し、翌一二日午前九時同市内横手公民館において、六六九人の従業員の参加を得て新組合の結成をなし、同日控訴会社との間に組合の承認、争議の中止、就労に関する協定等を締結したのであるが、新組合への参加希望の従業員はその日のうちに更に三〇〇人以上に及び、日ならずして一〇〇〇人を越える組合員を擁するようになり、同事業所の組合加入従業員の四分の三以上を占めるに至つたことが認められる。以上の疏明事実に従えば、従前の組合たる興国人絹パルプ労働組合八代支部は、その組合内部において斗争とその収拾に関する意見の対立、相剋がその極点にまで達し、多数決の原則による統一体としての意思決定及びこれに基く組合の管理運営が殆んど望みがたい状態にまで立到つて内部分解をおこしたものというべく、右批判勢力の従前の組合からの離脱と新組合の結成とは、仮令従前の組合の分裂を決定づける組合大会の開催等の如き事実は存在しなかつたけれども、単なる組合員の集団的離脱というのは適切でなく、いわゆる労働組合の分裂にあたるものと解するのを相当とする。果してそうであるとすると、右分裂により従前の労働組合たる興国人絹パルプ労組八代支部は観念的には解散となり、残存組合たる被控訴人組合が仮令従来からの名称を続用しているとしても、従来の組合との間には法律的同一性はもはや失われたものというべく、対使用者たる控訴人との関係において許容されていた本件組合事務所の使用関係は、両者間にこれを存続させる特別の合意がない以上消滅したものと解せられる余地がある(尤もかく解しても新組合も従前の組合と同一性がある訳ではないから、控訴人主張の如く新組合が当然に右事務所の使用権を承継取得するものでもないことはいうまでもない)。のみならず、仮にそうでないとしても、本件においては右分裂以後である昭和三七年七月五日に控訴会社は被控訴組合に対して、本件建物の返還を請求していることは当事者間に争いがなく、同日をもつて本件建物に関する被控訴人の使用関係は終了したものと解せられる。そしてこの点に関する原判決理由四の判断は、当裁判所もこれを相当と認めるのでここに引用する(但し、一〇枚目裏四行及び五行の「甲第二五号証の供述記載」とあるを削除して、同所に「甲第一号証の一」を補充し、同一一枚目表二行から三行の「供述しているが」の次に「必ずしも措信しがたく」を挿入し、同一一行「同第二五号証の供述記載」を削除して、同所に「弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一号証の三ないし六、第二、第三号証」を挿入する)。

三、また被控訴人主張の不当労働行為ないしは権利濫用の抗弁の理由なきことについては、原判決五の判断を相当と認めるのでこれを引用する。

以上のとおり控訴会社の被控訴組合に対する本件建物明渡を求める被保全権利の存在はその疏明が十分であるということができる。

四、よつて進んで明渡の必要性について判断する。成立に争いない甲第一号証の一、第五ないし第七号証、弁論の全趣旨によつて成立の認められる甲第一号証の三ないし六、第二、三号証、第二四、二六、二七号証の各一、二、第二五号証、第二九号証の二、第三三ないし三五号証に当審証人相川広遠、松本宏亨、吉田真美の各証言並びに検証の結果を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  前記のとおり、昭和三七年六月一二日新組合が結成された後、控訴会社はその申込によりとりあえずその組合事務所として、従来興国町婦人会及び同町社宅居住児童の校外生活の補導、親睦等のための団体である「仲良しクラブ」が各種の集会に使用していた控訴会社所有の社宅集会所を、暫時これらの了承を得て新組合のための事務所として貸与することとなつたが、そのために右婦人会、仲良しクラブ等は集会のために適当な場所を失い、昭和三七年九月頃からこれらの団体の代表者らは控訴会社に対してその活動の低下ないし不能を理由として、社宅集会所を早期に従前どおりその使用のために開放することを強く訴えており、控訴会社としても余りに長期にわたつてこの要求を放置するわけにもゆかない状況にあること。

(二)  控訴会社としては、右組合事務所としての社宅集会所の所在場所が八代工場の正門から約八〇〇米、その西門から約二〇〇米の距離にあるため、組合活動及び組合意思の従業員への伝達の便宜を理由とする新組合からの申込により、該組合員である従業員の西門からの出退勤と自転車置場が正門附近にある関係上、自転車、単車等の各作業所までの乗入れを許容したのであるが、もともと右西門は下請関係者の出入や製品、原材料を搬出入するために利用されていた関係から新たに同門出入管理上の不備が生じ、作業場の整理と規律保持、作業能率や製品の保存、事業所構内の交通の安全に或る程度の支障を生じており、これらの事態が長期化することは控訴会社の事業所管理上好ましくないものとなつていること。

(三)  新労組組合員の員数は、昭和四一年一一月二八日当時一〇八七名であり、八代工場の組合所属従業員の約五分の四を超えており、その擁する組合員数、組合活動の規模等からして、前記社宅集会所はその所在位置、利用面積、構造等からみて必ずしも適切でなく、その十分なる組合活動のために組合事務所を本件建物に移転することを強く希望し、控訴会社に対しても再三にわたりこの旨を要求しており、会社としてもこの要求に応じる意向を有しているが、現在新労組の八代工場従業員間において占める比重の程度からみてこの要求と会社側の意向とはあながち不当なものではなく、被控訴組合としても、本件建物を控訴会社に明渡してもなお、第二目録記載の建物に移転でき、多少の不便は免れないにしても、その組合活動を継続するにつきさほど顕著な影響をうけるものとは考えがたいこと。

そして当裁判所は、既に原審に本申請がなされて以来四年有半の歳月を経ており、本案訴訟に準ずる程度に慎重な審理がすゝめられ、控訴会社の被保全権利の存在はかなりの程度に明確であり、被控訴組合が本件建物の明渡を拒否するのも若干感情的要素に支配された一面があると窺われる本件にあつては、明渡の必要性は右に認定した程度の事実の存在をもつて足りるものというべく、本件家屋の明渡(申請の趣旨によれば被控訴組合の退去というも、明渡を求めるものであることは弁論の全趣旨から明らかである。)を求める控訴人の申請はその理由があるものと認める(尤も被控訴組合が第二目録記載の建物に移転するか否かは、その独自の判断によつて決定すれば足りることであつて、あえて仮処分命令の主文に掲記する必要はない)。

そうするとこれと結論を異にする原判決はこれを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小西信三 入江啓七郎 安部剛)

(別紙目録省略)

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